現:No.004
著者:月夜見幾望


HRの直前に全校生徒で行う清掃活動。
ここ『彩桜学園』は敷地面積がとにかく半端ないため、放課後のわずかな時間が一斉清掃に当てられている。
ちなみに掃除班は名簿番号順に振り分けられ、一週間ごとに持ち場がローテーションされる。僕と青磁の持ち場は校庭脇の並木道だ。



午後のテストで真っ白に燃え尽きた僕は、そのまま木枯らしに吹き飛ばされてもおかしくない精神状態だった。

「桔梗……お前、今半死人のような顔してるぞ……。そんなに出来悪かったのか?」

小枝や落ち葉を竹箒で掃きながら、青磁が心配そうに聞いてくる。

「あはは……。僕にとってはいつものことさ……カミハワレヲミステタモウタノダ……」
「桔梗!? しっかりしろ!!」

青磁にがくがく肩を揺さぶられ、体から離脱しそうになっていた意識をなんとか留める。
おかえり、僕の精神。

「ったく、いつも成績のことばかり気にしているから変なこと考えるんだよ。別にお前の妄想癖が悪いとは言わないが、人間、適度な気分転換も必要だろ? これでテストも全部終わったし、明日あたり部活のメンバー誘って久々にカラオケにでも行かねえか?」
「カラオケかぁ……。う〜ん、茜は来れるだろうけど、東雲さんと紺青(こんじょう)さんは予定聞いてみないと分からないな。僕たちは来年の新歓までのんびりできるけど、陸上部を兼部している紺青さんは忙しいだろうし」
「“忙しい”ねえ……。傍から見ると、とても忙しそうには見えないが……。あの尋常ないテンションの高さは時々部長でも翻弄されるほどだぜ? もし去年のクリスマス会に紺青も加わっていたら、どうなっていたことやら……」
「あ〜……確かに去年のクリスマス会は“ある意味”にぎやかになったね……」

代々、文学部は冬休みを利用して“クリスマス会”と称した、パーティを行う。
と言ってもそれほど大きなイベントじゃなくて、だれかの家に集まって皆で飲み食いしたり、ちょっとしたゲームをしたりする程度だ。
去年は、『今年は是非私の家にいらしてください』という千草部長の強い希望で、少々嫌な予感を覚えながらも部長のお宅にお邪魔した記憶がある。
結果───僕の想像の遥か斜め上を行く悪夢が展開されたが、詳しい話はまた別の機会に。

「でも、大丈夫だよ青磁。もう千草部長は引退したから、あのときの惨劇が繰り広げられることは二度とないはず! 僕たちは部長の呪縛から解放されたんだよ!!」
「そうか……それもそうだな。あれはきっと現実じゃなかったんだ、うん。俺たちは悪い夢を見てただけなんだ!!」

僕と青磁はお互いにハイタッチして喜びを分かち合う。
と、そこへ

「その話、詳しく聞かせてくださいっ!!」

弾けるような明るい声が覆いかぶさった。
振り返ると、そこには目を爛々と輝かせる見知った女生徒が立っていた。
彼女の名前は、紺青胡桃(こんじょう くるみ)───典型的な“味方にすると頼もしいが、敵に回すと恐ろしい”後輩であり、千草部長と唯一対等に張り合える女の子だ。常に高いボルテージを誇る彼女の体からは、初冬の寒さすら寄せ付けない興味津々のオーラが発せられていた。

「こ、紺青さん!!……もしかして僕たちの会話聞いてた?」
「はいっ!」
「どの辺から?」
「赤朽葉先輩があたしの名前を口にした辺りからです」

な、なんという地獄耳……。
これじゃあ、落ち着いて話すこともできやしない。

「赤朽葉先輩はもっと周囲に気を配ったほうがいいですよ。いつも注意散漫だから、月草先輩や花浅葱先輩の絶好の標的にされるんです」
「うぅ……後輩に注意される僕って……」
「それは俺も同感だな。できれば桔梗には背中にも目をつけてやりたいところだ。でないと、いつ車に轢かれるか分かったもんじゃない」
「青磁まで!?」
「いえいえ、赤朽葉先輩は富士の樹海で美しく散るのがお似合いですよ」
「待って!! その例えは意味が分からないよ、紺青さん!! そして何気に僕を罵倒してるよね!?」
「───って、以前、竜胆先輩が仰ってました」
「ああ、あいつなら言いそうだな。何気に黒い部分あるし」
「普段、紺青さんと茜がどんな会話をしているのかすっごく気になるんだけどねぇ!」
「至って女の子らしい普通の会話しかしていませんよー。最近ではそうですね……『もうすぐ部長になるはずだった文学部の男の子が何者かによって殺されていた。犯人はどうやって密室状態の部室から逃げ出したのか!?』───という内容の、本格推理小説を目指した竜胆先輩の新作について語り合いました」
「その男の子のモデルって、明らかに僕だよねぇ!?ってか、茜は一体何を書こうとしているんだ!!」

なんてことだ!
これは細心の注意を払わないと、近いうちに文学部から死人が出るかもしれない!

「それよりも先輩方。さっき話されていた”クリスマス会”って何なんですか? 詳しく知りたいです!」
「あ〜……聞かないほうがいいと思うぞ。なあ、桔梗」
「う、うん。僕たちは成す術もなく巻き込まれた被害者だから、あの会の趣旨とかそういうのは、ちょっと把握できてないというか……」
「それでも構わないです! 文学部の伝統行事の一つなのでしょう? それだったら、あたしたち一年生も詳細について知る必要があります!」
「た、確かにその通りだけど……」
「……俺はパスだ。桔梗から説明を頼む」
「ええっ!? そんな一人だけ逃げないで、青磁!!」
「さあ、赤朽葉先輩!!」

紺青さんが、密着しそうになるほど顔をずいっと近づけてくる。
『話してくれるまで逃がしません!!』的な強烈な炎がその瞳に宿っていた。
さ、さすが、あの千草部長を打ち負かすだけあって、凄まじい熱意だ。
……けど、僕だって先輩だ。今後のためにも、ここは一度先輩の威厳とやらを見せておかなければ!!

「悪いけど紺青さん。去年のクリスマス会だけは、歴史の闇に葬り去るべきものなんだ。間違った伝統が後世に受け継がれないように、ここで完全に断ち切っておかなければならない。だから話せないよ」
「そう……ですか……」

さっきまでの勢いはどこへ行ったのやら、一転して残念そうに俯く紺青さん。

フッ、勝った!

これで紺青さんもあきらめてくれるだろう───という僕の予想は、続く彼女の台詞で粉々に破壊されることになった。

「ならいいですよ〜。赤朽葉先輩が、花浅葱先輩の引退を喜んでいたことを今日の部活でバラしますからっ☆」
「………………」

僕の頬を冷たい汗がつぅ〜と流れる。

「それでもいいんですか?」
「………………」

なんだろう……。この死刑宣告を受けたときのような気持ちは……。

「命が惜しいのなら、隠さずに教えてください」
「………………参りました」

惨敗した僕の肩に、青磁がそっと手を置く。

「桔梗……お前に“先輩の威厳”は無理だ」




───その背後に、大きな夕陽は沈まない。








*   *   *   *   *








「さて、では今年のクリスマス会の開催予定日についてですが」

放課後の文学部室。
ただでさえ、ごちゃごちゃしていて狭いのに、今日は部員フルメンバーが揃っているため、部屋がより窮屈に感じる。
おそらく、どこかの教室から無断で持ってきたであろうホワイトボードを背に話しているのは、花浅葱千草先輩。
見た目は“謙虚で控えめなお嬢様”───まあ、はっきり言ってしまえば、かなりの美人で校内では男女双方から高い人気を得ているらしいが、残念なことに部室では被っていた仮面が剥がれ落ちる。素の先輩は、それはそれは恐ろしい人で、一度暴走し出すと止まらない。
そして今、また新たな悪夢が幕を切ろうとしていた。

「あの……、千草先輩一つ聞いていいですか?」
「あら、なにかしら?」
「先輩はこれからも文学部の行事に参加されるんですか? もうすぐ受験なのに」
「もちろんよ。桔梗君じゃ、まだちょっと頼りないし、OGの私が皆を引っ張っていかないと。大学は都内の国公立に通うつもりだから、まだ当分ここのお世話になるわね」
「拙者も、進学しても部室には時々顔を出すつもりでいるぞ。ここは学校のどこよりも居心地がいいからな」
「しーちゃんが残ってくれるなんて助かるわ。あの衣装はしーちゃんじゃないとサイズが合わないものね」
「……チグサ、言っておくが拙者は二度とあんな格好はしないぞ」
「あら、どうして? すっごく可愛いらしかったのに」

納得いかないと言った表情を作る部長。
一方の紫苑先輩は、顔に青い縦線がいくつも入っている。
それはそうだろう。僕だって、部長の趣味は理解できない。

「はいはい! その時の写真ってあるんですか?」
「あるわよ。一年生の胡桃ちゃんと桜ちゃんにも知ってもらうために、ちょうど今日持ってきたの!」
「「「「なにいいいいぃぃぃぃいいいいい!!!!!?」」」」

僕、青磁、茜、紫苑先輩の四人の悲鳴が響き渡る。
しまった! まだ証拠が残っていたとは!

「キキョウ、セイジ、アカネ! 閃影流忍奥義:第八攻式戦術でチグサを取り押えろ!! 多少の犠牲は仕方ない!!」
「「「了解(ラジャー)!!!」」」

目を丸くする東雲さんと紺青さんを部室の隅に避難させ、僕たちは臨戦態勢を取る。

「チグサ、許せ!!」

紫苑先輩が投げた手裏剣が、部長の手にした写真を狙い誤たず真っ二つにする。

「やったか!?」
「ふふふ、残念ね。これは偽物(ダミー)……本物はこっちよ」

部長が優雅に手を振ると、まるで手品のように数枚の写真が現れた。

「くっ!!」
「ふふ、久々に熱い戦いが期待できそうね。……言っておくけど、手加減しないわよ?」




───そうして、写真を賭けた壮絶な死闘が始まった。



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